trek5200のブログ

サラリーマンパパのロードバイク日記

ジムトレ 帰宅時の出来事

退社後、いつものように大手町駅半蔵門線ホームで電車を待っていた。


偶々ホームで待つ人の列の先頭に位置した。特にどうしても座りたい、座って一時間至福の時を過ごしたい、と願った訳ではないが、タイミングで本当に偶々先頭に立った。


後ろには数列、退屈で窮屈な帰宅列車を待つ人たちが並んでいた。


きっとこの中には、朝は中央林間から座ってくる人もいるだろう。が、しかし、帰宅時は必ずしもそうとは限らない。あなたは朝だけの天下を謳歌する人に過ぎないのだ。


かく言う自分はどうだ。中途半端な場所に位置する各駅停車駅。朝は間違いなく座ることなどできない。運良く座ることが出来たら、その日は幸運に包まれた稀な日として永くカレンダーにその偉業を力強く刻む事だろう。


ホームでの先頭の話である(司馬遼太郎風)。


とにかく自分は次にホームに来る電車の僅かな空席めがけて走り出す事など、その性格上出来ないし、そういう卑しい行動は慎むべきであると、常日頃思っている。


ただ僅かな期待を許されるのであれば、願わくば通路の中程に進み、棚にバッグを置き、悠々と吊革を確保し、本を読むスペースを確保できればそれで良い。


電車が入ってきた。急行である。電車が速度を落とし、目の前に来るドアがこれだと認識出来た瞬間、視界に一席の空席が入ってきた。いや、入ってきてしまった。


すると、電車が完全停止する直前、背後から強いプレッシャーを感じた。そのプレッシャーは、通常のそれとは違う、不快なそれだった。嫌な予感がした。


ドアが開いた時、1人乗客が降りた。女性だった。自分はその乗客を先に降ろすべく、スマートに半歩脇に逸れ、一呼吸置いて車輌に乗り込んだ。目の前に空席。それは先頭にいた自分が優先権を持っているのだと心の片隅で認めつつも、背後のプレッシャーが気になり、僅かに大股で空席の目の前に進んだ。


空席を確保したと周囲に知らせるべく、膝を空席の前に向け、バッグを棚の上に置こうと両腕を上げた瞬間、自分の右側から影が動いた。


その動きは尋常では無かった。隣に座っている若者の膝と、立っている自分の膝の僅かなスペースにグイッと入り込み、電光石火の速さで腰を一気に空席目掛けて沈み込ませたのだ。


推定58歳。白髪にシワだらけのスーツ。ネクタイはくだけ、シャツは汚れている。中央林間のマンションに35年ローン。退職金を充当する以外に住宅ローン返済の目処は一切立たず、目標を失った会社に惰性で通う日々。朝は何本か電車をやり過ごしてから座席を確保。帰路もこうして長旅の座席を確保するために体当たりを連日敢行しているのだろう。


その白髪氏は何事も無かったかのように平然としている。その一連の動作に自分だけでなく、両隣の人も唖然としていた。


文句の一つも口から出て来るのかなと思いきや、何故か軽い感動を覚えてしまった。ここまでして座席を確保したいと思う人のそのひたむきさ。きっとこの白髪氏は家に帰ったら家族にこう言うのだろう。今日も座席をゲット出来たと。


この白髪氏は渋谷の手前から深い眠りに入り、何度か手元から携帯を落とした。しかもバッグを膝の上に抱えず、脚の下に置いたせいで革靴が一歩通路中側に突き出た格好になっていた。


それでも自分はこのひたむきに座席を確保するために一切のプライドを捨てた勇気に心から拍手を送るのだった。


自宅駅に電車が到着した。白髪氏は自分の推定通り、まだ下車せず、深い眠りに落ちていた。間違いなく中央林間だろう。


ジムトレのことはどうでもいい。そんな帰宅時の出来事だった。